« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

2009年2月

2009年2月28日 (土)

恋愛で相手に望むこと

婚外恋愛では「お互いに多くを求めすぎない」ことは賢明かもしれない。

恋愛のコアの部分、気持ちを大切にしていればそれで充分なのだから、立場を超えた望みは胸に抱かないようにすること。

それが「多くを求めすぎない」って意味なのだろうと思います。

この「お互いに多くを求めすぎない」って言葉は、恋愛をしている友達から聞いた言葉です。 なるほど、そうかもしれないなと思った。

私には信じていることがあります。 論理的ではない、人生観のようなもの。

「ちゃんと望んだことは、現実になる」ってこと。

「多くを求め過ぎない」ことは、賢明な大人の態度である一方で、「ちゃんと望んだことは現実になる」ことは、楽天的で非現実的理想を好む、子供の態度だと思う。

私は子供だ。 自分でも大丈夫かなって心配してるよ。

2007_0903kyoto0016

「望み」ってなんだろうって事を考えていたら、102歳で他界した祖母の言葉を思い出した。 どこにも病気が無く、死ぬまで元気だった祖母は、最後の1年間を病院で過ごした。 時々理由も無く呼吸が止まり、死にそうになったから。

お見舞いに行くと、祖母は「自分はどうして死なないのだろう?」って話し出した。

その話を要約するとこんな感じです。

人には希望ってものがあって、はじめて生きがいがあるけれど、自分の場合はただ「死なないだけ」で、こりゃいったいなんだろうって考えてたら、ちゃんと希望があるって事に気がついた。 きっと希望ってものは、一生なくならないものなんだね。

祖母は話を続けます。 「なんだと思う?私の希望って」

私は想像できなかった。 一体なんだろう。

「私の希望はね、食事なんだよ。 一体何が食べられるのかしらってとても興味がある。今日は何だろうね~。 うどんかしら。」

祖母は食事を楽しみに感じ、「希望」って言葉に格上げするくらい食事を自分の大切なことにしていたのです。

食事は命を育む基礎ですから、とても理にかなうことでもあります。

「多くの事を望まない」のは高級。

一方で、どんなにできる事が少なくなっても、常に希望ってある。 ほんの小さな出来事に大切なことはたくさんある。 希望は大切なものと結びつく。

希望さえあれば、道は開ける。 私はそう思うな。 

ちゃんと望みは持とう。 でも多くを望むのではなく、大切なことは何かって考えよう。

2007_0903kyoto0014

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月24日 (火)

恋愛のときの心は危険物

心は目に見える物質ではないけれど、湖などの様に”水”に譬えられことありますよね。

「心が波立つ」とかね。

原文は忘れたのですが、漢詩で「月の光は、水面が乱れていたら、湖底には届かない」みたいな意味のものがあったと思います。

心の表面が波立つと、あるがままの姿は届かない。

ところで、心っていつもワサワサ動いているものですよね。 この波立つとか、どうすればいいのさ。 座禅とかすればいいの? 実践的にはどうすりゃいいのか。 これ、解決できない課題のような気がする。

何かを悟り、心を穏やかに保ち、それで実際の生活はできるのかしらん。 恋愛やセックスをどのように扱えばよろしいのでしょうか。身体の芯から湧きでる性欲がある限り、このテーマには触れない方がいい? 

ところが、ひょんな事からひらめいた。 仕事で危険物の取り扱い規則書を読んでいたときのこと。

この危険物規則とは、人や環境に悪影響を与えないよう、事故を起さないよう、注意マークの表示方法や、包装、梱包の仕方、隔離のしかた、そんなことを定めた国際標準です。

人は様々な危険物を作り出しています。 例えば携帯電話に使われているリチウム電池は、強い衝撃を与えると発火するものだし、車のエアバックを作動させる装置には火薬が使われていますので、まだ部品段階の装置では爆発物と同じ扱いです。

多くの危険物が貿易されていて、私の仕事に必要な知識です。 その危険物の分類に、「引火性液体」と言うものがあります。 例えばガソリンとか。

「心は引火性液体じゃないか」ふっと思った。 どの程度の危険か?それはその液体によります。 低い温度で引火するものは、揮発性が高く、簡単にボーボーと燃えるものですから、注意が必要です。

恋愛する前、恋愛したばかり、まだ恋愛に遠慮や謙虚さがあって、相手の気持ちを最優先して、優しさで満ち溢れているとき、その時の心は危険物ではなく、澄んだ水のようなものです。

ところが、セックスを重ねて、お互いの利害に注意が向いたり、「私はあなたのなんなの?」とか、だんだんマンネリと偽善や悪意が働くようになったら、もう心は危険物です。引火して燃えちゃって、なにもかも台無しにならないように、ちゃんと管理しなくっちゃ。

こんな寂しい話じゃなくても、心は引火性の液体、危険物だと感じることはたくさんあります。

私ね、急いで移動することが多い。 そんなとき、歩調の合わない、のんびりした団体が道を塞いでいるととても腹が立つ。 だいたい話に夢中のご年配の方。 じゃまだ!じゃまだ!って思っちゃう。

もうこの時点で、心は危険物の特徴を現しています。

心にたくさんの真水を入れて、もう引火しない。 そんな恋愛がしたい。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年2月23日 (月)

婚外恋愛中の家庭内セックス事情

婚外恋愛をすると、生活とセックスをどのように両立させるか悩んだりすることがあります。 結婚を決心したときのほうが簡単だったでしょ(笑)

婚外恋愛を始めるには、一線を越えなければなりません。 渓谷や川やお堀のような場所に橋を掛けて、そこを渡るって感じです。 

生活と婚外恋愛は橋みたいなものでつながっていて、そこに行ったら帰ってくる。行ったり来たり。

どちらの場所も本物の人生です。

ところで、婚外恋愛中に結婚相手とセックスすることはなんか嫌ですね。 でも義理もあるし、婚外恋愛を隠すためにには、自分の心の変化を悟られたくないから、嫌々セックスを引き受けてる場合もあるでしょうし、うまいことセックスレスにもっていく場合もあると思います。 私の場合は上手にセックスレスの夫婦関係を作れたつもりです。

でももし悩むと、色々なことを考えてしまいます。

例えば不貞。「ふたまたかけるのは嫌」って考え。 これって2重に自分を拘束する考えです。 婚外恋愛したら、不貞を叱られる立場。 W不倫なら、恋愛の相手もそう。 同時に自分も「ふたまたかけられる」のを心配しなくちゃならなくなる。 不貞の罪を意識しつつ、相手にも自分だけへの愛情を期待する。 これはありがちな悩みだと思うけど、辛いですよね。 このこと忘れるしかありませんよね。 悩めば凹むだけの結果になりませんか?

もう一方の逆の考え、「セックスは自由だから情熱のままだれとでもする」ってのはどうでしょう。 これは身をもって体験すれば空しいだけのような気がしませんか。 次から次に、もっともっとステキなセックスがあるって想像して、自由と情熱の理想を捜し求める。 このことは多くの小説や映画にもなっていると思いますが、ハッピーエンドにはなりません。

両極端を考えると、いづれもなにか間違った考えのようです。 迷ったら、中庸を求めてみたらいかがでしょう。

「ふたまたかけるのは嫌」は「ふたまたはなるべくかけない」

「セックスは自由」は「セックスはほどほどに自由」

そんな感じで、おおらかに婚外恋愛のことを考えてみたらどうでしょうね。 ソフトに家庭内のセックスを維持したら、それは賢明かもしれませんよ。

気持ちの上でセックス出来ない(私の場合そう)なら、責任持って生活のことを大切にすればいいし、嫌々我慢してセックスを続けているのなら、これは慈悲だと思って、ささっとしちゃう。

でも一つだけ注意。 身体がきつかったら、どんな場合でも断りなね。 無理は絶対ダメ。

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年2月22日 (日)

花便り 09.02.22

今回の花便りは、私の家の庭からです。

沈丁花の木を2本植えています。 いずれも園芸店から買った高さ30cmくらいの小さな株でした。白花と赤花を一株ずつ地植えしました。

2年目位から元気よく咲くようになり、枝も整ってきて、まあるい樹形になってきました。

そのうちの1本、赤花の方が開花しました。たぶんこちらの方が日当りが良いんだな。

沈丁花の香りは好きですか?

私は何故だか子供の頃を思い出す香りです。

この香り、少しだけエロチックな感じするのは私だけ?

Dsc03206

以前の日記にも掲載した、クリスマスローズが賑やかになってきました。

うつむいて恥ずかしがりや、清楚な感じの花だけど、今は花数が増えて、ゴージャスな賑わいです。

日陰に植えているので、花の真っ白さが、灯かりを燈したような輝きになる。

Dsc03209_2

今が盛りの梅の花。 私も一本鉢植えがあります。 買ったときは棒みたいな梅でした。

たぶん、挿し木で増やされたものだったんでしょう。 ことしは鉢に根付いて2年目。

今年の春は植え替えしようと思います。 やっぱ横長の盆栽鉢にすべきかな? 私は手入れがズボラだから、ちゃんと樹形を梅らしくできるか不安。

この子、私に育てられているのだから、ちゃんと写真に撮ってあげよう。

白壁(実際は灰色だけど)を背景に、横から太陽光。 鉢植えだと、被写体の花を動かせる。 おかげで花の色がきれいにでました。

Dsc03212

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年2月21日 (土)

花便り 09.02.21

気温の変動が激しいこの頃ですね。

本格的な花の季節はもう少し先だけれど、もうそろそろ今年の花便りを作ろうと思います。

いつもの代々木公園。 ワンコの散歩に連れて行きます。

先週みつけた寒桜は葉桜に移行していました。

Dsc03188

Dsc03194

さっき天気予報を聞いていたら、東京でも黄砂を観測したって。

風が強いもんね。 空は少し霞んでいます。

公園の別の一角。 そこでは1月から咲いていた梅があったはず。

ちょっとそちらに移動。

Dsc03196

まだまだ冬の茶色の風景だよね。 関東の冬は乾燥しています。

雪国だったら、 こんな丘は白い雪景色だろうけど。

いたいた。 ちゃんと梅も頑張っているよ。

Dsc03199

このエリアの奥の方に進むと、椿の木が何本か植えてあります。

椿の花も春に向かって増えてきましたよ。

光沢のある葉に春の日差しが反射していました。

Dsc03200

お散歩のパートナー、ワンコの春は、今冬毛がふさふさしています。

なんとなく野生の匂いになってきたなぁ。 嫌いじゃないけどね。

帰宅してシャンプー。

さっぱりして日向ぼっこの春です。

Dsc03204

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年2月17日 (火)

禁煙外来2週間目

今日で2週間目の禁煙です。 薬(チャンピックス)が切れたので禁煙外来に行ってきました。

先生:「どうですか?」

私:「禁煙は成功しています。薬の効果は良くわかります。タバコは吸いたいですが我慢できます。薬が切れるのでまた処方してください。」(てきぱき答える)

先生:「すると、タバコは吸っていないのですね。」

私:「はい.....」(当たり前ジャン、吸ったらもう来ないよ。)

先生:「それはすごいですね」

私:「えっ???」

禁煙治療を受けてもまだ吸ってしまうのってありなの?少しは吸ってもよかったの?私って、なんか理解力ないって自分で思うことがある。勝手に思い込んでいたんだ。禁煙外来は最後の砦だと。ここに来る人は、もう切羽詰っていて、必死に止めようと戦っている、シリアスな人ばかりだと。

そうではなく、「やめられたらいいなぁ~」って感じでお薬を頂き、それでも吸ってしまって、「先生少し吸っちゃました、またがんばります」なんて人もいるのだろう。

先生(女医さん)はつまらなそうに、カルテに書いてた。 「喫煙数:0本」だってさ。

以前も書きましたが、処方いただいている薬はチャンピックスです。最初の1週間は少量の薬を服用しながら、喫煙を続ける。8日目からきっぱり禁煙し、今日で2週間。

この薬はかなりありがたいです。ほとんどニコチン離脱症状はでません。 私の以前の禁煙経験では、この離脱症状が、禁煙挫折の大きな原因でした。 イライラしたり、考えがまとまらくなったり、眠くなったり、風邪ひいたみたいなボーっとした感じがあったり。

これが抑えられるのは本当にありがたいです。一日の中で、離脱症状はほとんど感じません。私の場合、夕方になると(ちょうど薬効が切れた頃じゃないかな)すこし、「あっ!離脱症状が出てきたぞ」そんな感じで、我慢できる範囲内です。

そんな訳で、一応2週間をクリアーしました。ただし薬に助けてもらってです。薬を止めたらどうなるのかしら~ オホホホホ。

薬のチャンピックについては製薬会社のHPをご参照下さい。

Main

http://sugu-kinen.jp/

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2009年2月16日 (月)

小悪魔セックス

穂花(ほのか)著 ・ ベスト新書

小悪魔な人とのセックスはステキです。

「私、小悪魔になっちゃおうかな」

もう古い記憶だけど、元カノととてもラブラブの頃、彼女が言った言葉です。 私は彼女に夢中でした。 いたずっらっぽい挑発のし方、大胆なセックス、彼女は小悪魔になって、私と小さなセックスの冒険をしたりしていたのですね。

本屋で「小悪魔セックス」って本を見つけてすぐに購入。私は小悪魔って言葉にもともと好感を持っていたから。

読んでみて、良い本だと思った。 HOW TOものって、期待倒れのものが多いです。 でもこの本には、しっかりとした筋も主張もあって気持ちよく、読みやすいものです。 実践的でもあります。

この著者、かなり人間的に出来たひとに思えました。想像ですが、凛とした貫禄のある落ち着いた色気を感じました。

男性は身勝手な「いかせてやろう」的なセックスから脱却すべき。女性は受身から脱却すべき。 この本には、こんな考えが貫かれています。

本の帯には、「ジェンダーフリーセックス」などと、たぶん出版社が考えたコピーがありますが、私的には、もう少し哲学を入れた言葉でもよい気がします。 たとえば、「主体的態度のセックス」なんてコピー。

なかなか良い本、でもエロ本的です。

ちょっとお勧め。

著者のWEBサイト↓

www.es-honoka.net

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月15日 (日)

代々木公園で桜を見ました

ワンコ、ちょっと体調不良。 お腹がゴロゴロいってる。

そんな時は、よく甘えてくる。 なんかぴったりくっついて、優しさをねだるみたい。 カワイイなぁ。

Dsc03161

しかしさぁ、週末は思い切りラブラブしたけどさぁ、私のベットを占領するのは辞めてよね!

Dsc03155

朝の体調を観察して、いつものドックランで遊ばせてみようと判断。 身体を動かして、調子を戻すことも多いので。

Dsc03163

ばっちり遊びモードになった。ちいさな柴ちゃんと遊ぼうの合図。

Dsc03174

その後、別の子、ブルドック?とも遊んでみる。

走ってるときは笑ってる。 あはははは♪

いつもよりばてるのが早い。だって、昨日から不調で食べて無いもんね。

遊んだ後、身体の毒を排泄。そんで、元気も戻ったみたい。 よかった~。

代々木公園の一角に、寒桜の植栽を発見。 すごい!みごとに満開だよ。

Dsc03181

今日は、とても暖かい一日だった。

早すぎる桜。 でも、この種類は、これが当たり前なんだよね。

Dsc03179

たぶん、今週いっぱい見ごろです。

場所は代々木公園内、正面の入り口から噴水に向かい、奥の右側。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年2月12日 (木)

あるがままを見るってこと

世間の意見、自分の思い、そんなもの捨てちまえ。 あるがままを、そのまま見ろ。

仏教的な文脈で、そんな考えに出会うと、「どうしたらそう出来る」って考えてしまいます。

もうその時点で正しい思考から脱落してるはず。 禅修業中なら「渇!」って怒鳴られて、ひっぱたかれるかもしれません。 「何か見えたか!」

もしかしたら、子供の頃に持っていた感覚って、「あるがままを見る」ってことだったかも。 

私は田舎の山中で幼児期を過ごしました。 自然が豊かだった。 自然しかなかった退屈な場所に完全に溶け込んだ、ぼけ~とした明るい子供でした。

しょっちゅう景色を眺めてた。山の姿。雲の姿。川の流れ。いつまでも眺めているのが好きだった。オナニーみたいに没頭できる時間だった。時間を忘れて、ただ眺めてる。それが気持ちよかった。

青年になっても、眺めるのは好きでした。ちょっと子供の頃とは態度は変わって、旅行中に車窓を流れる景色とか、だれもが良いと思うような景色を好むようになったけど、なにも考えずに、その景色に溶け込むように眺めるのが好きだった。

「あるがままに見る」って予見をはさまず見るって意味で、あの「ぼけーっと見る」態度かもしれない。

大人になったら、景色だけじゃなく、彼も、彼女も、恋人も、愛人も、そして自分自身も、あるがままに見る力量が必要だ。

つまり人間の行いを観察する場合でも、感情を動かすことなく、それを見てるのが好きって態度で、ボケーっと眺められれば良いのではないかな。

「なんでそうなの?」「ええ、そりゃないよ」「わーい、うれしい」そんな喜怒哀楽も楽しみであるだろうけれど、それだけじゃなく、なんの意味も持たない、ただ眺める時間、それもいいかもしれないよ。

そんな時間ってある? たまにはやってみよう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年2月11日 (水)

桜咲く

昨日の夜空は満月が美しかった。

今朝はうって変わって、雪が降りそうな曇天。 そうだ今のうちワンコの散歩に行かなくっちゃ。

いつもの神田川遊歩道を歩く。 昨年はここに咲いている野の花を片っ端から撮影した。 だからどこに何の花が咲くか、おおよそ覚えてる。

もしかして、スミレは咲いてたりしないかな。 去年群生していた場所に行って地面の様子を見てみると、まだまだだった。 たぶんあと一ヶ月くらいまつのかな。

待ち焦がれる花咲く頃。 でもふっと視線を上げて驚いた。 桜が咲いてる。

本当に桜だろうか。 幹の色とか、枝の張り方、花の形を梅と比べる。 きっと桜で間違えないと思う。

きっと寒桜。 花弁と葉が同時に成長しているみたい。

受験生のみなさん、受験生を持つ家族の方、ちゃっと縁起いいですよ~

桜咲いています(◎´∀`)ノ

Dsc03082

「もう少しお花を見たいね」

ワンコと公園の花壇に行って見る。 スイセンが歩道脇に植えてある。

Dsc03083

「ちょっと待って」 ワンコに待ってもらいながら、私はカメラのファインダーを覗きます。 写真を撮っている間、ワンコがなにやらガサゴソやってる。 ふっと目をやると、前足で穴を掘ってる。 (≧ヘ≦) こら~!

落ち着いて写真を撮れない。 でもまあいいや。 ワンコがいるからこうして花を見られるんだもんね。

ちょっと前に撮った菜の花には、もう種の子房が膨らんでる。インゲンみたい。中に種を蓄えるんだと思います。 

Dsc03085

今度の週末には、違う花を見つけられるかな。

季節は少しずつ進んでくれれば良いと思う。 花をじっくり楽しみたいもの。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年2月10日 (火)

だめだめな自分を受け入れるとき

ああ、おれってけっこうダメだね、このままでいいのかい?┐(´-`)┌

こんな気分を、そのまま流さなくっちゃいけないときはある。 がんばらなくっちゃとか、向上を考えない。 だめなまま受け入れる。

私は今ジムにはまっています。 実はこれ、結構しっかり調整しないと出来ないことです。 私の仕事はヨーロッパと繋がっているので夕方から忙しくなる。 それを放り投げて退社しないとジムには向かえません。

翌朝出社すると、仕事上がっかりするような出来事が起こっていたりします。ちょっと焦るぜ。 ジムに行かずに、仕事を続けていたら避けられた出来事なのに....って反省したり。

でもね、もっと深く考えると、このどっちも成し遂げようって考えはいけないのです。 結局、誰が困る?なにしたい?人目を気にしてない?本当に自分が仕事しなきゃダメ?こんな疑問をよく考えると、「けじめをつけてジムにいかなきゃダメ」ってことが正解なようです。

このときの感覚って、仕事がダメになるのですから、そうした自分を受け入れるってこと。時にはダメダメな自分を受け入れるってこと。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年2月 9日 (月)

恋愛の裏表

恋愛をよくよく考えてみると、裏表の2面性があるような気がする。

表はスマイリーの表情をしていて、裏はちょっと怖い顔。 こんな感じ→ (*`ε´*)ノ

600pxsmiley_svg_2

恋愛の裏は、自意識。わがまま。 表はスマイリー。 両方があって恋愛は成り立ってる。

そこで仮説ですが、もしかして恋愛は裏と表がくるくる回転しているものなのかも。

さて、なるべく怖い自意識の顔よりも、恋愛の醍醐味である幸せな笑顔を表現するようにしたいものですね。

でも、回転している。 さてどうする?

幸せの笑顔の刹那を、しっかりとものにするには、感性を使えば良いかも。

恋愛してるときには、自分の気持ちだけじゃなくて、恋人と共有している気持ちってあるでしょ。 その気持ちを大切に、しっかり頼りになるものだって信じて、味わってみたら良いかも。

キスしたいな。そのとき恋人の名前を呼ぶ。すると...「何?」って言ってすぐにキスしてくれることってあるよね。

それは「2人の共有する気持ち」ではなかろうか。

自意識ではなく、刹那に現れる「2人の共有する気持ち」は、恋愛の表の顔で、幸せいっぱいの笑顔なのかもよ。

信じる~? 信じない~? スマイルは回転してるんだよ。

こんな感じです↓

Cocolog_oekaki_2009_02_09_22_32  

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年2月 8日 (日)

梅の季節になったみたい

北風が寒い日曜日だったけど、花を探しに公園を散歩してきました。 公園内は人もまばら。 風が強い。

落葉樹の茶色の風景の中に、ほんのりピンク色の気配がするので行って見る。 

Dsc03043

やっぱ梅が咲いてた。とても良い薫りがしました。

近づいて写真を撮っていると、写真家らしき人物がやはり同じ梅を撮ってる。 梅に吸い寄せられて、人が集まるんだね。

Dsc03046

風で枝が揺れていたけど、おさまった頃を見計らってパチリ。 しばらく歩くと、今度は蝋梅に出会う。

Dsc03066

蝋梅は香りが良いと言われているので、鼻を近づける。 けっこう花が開ききっていたせいか、はたまた私の鼻水のせいか、なにも感じない。 さっきの紅梅の方が良い香だった。

足元に「オオイヌノフグリ」を発見。 フグリとは金玉袋のこと。 私はこの花に愛着を感じてるけど、とても小さな花で撮影は難しい。

気がつくと、先ほどの写真家さんが、腹ばいになってこの花を撮ってる。 なるほど、写真はそうやって、気合を入れて撮るべきものなのだろう。 でも真似するのは悪いなと思って、私は上からのアングルで撮った。

Dsc03072

寒かったけど、こうして自然の美しさを見つけるのって楽しい。

自動販売機で、温かいスープを買った。 好きな人にキスしたいって思った。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年2月 7日 (土)

クリスマスローズ開花しました~

我が家の植栽のなかで、いちばん早く咲いてくれます。

もう数年育ってくれています。

冬は日が入り、夏は木陰で涼しい落葉樹の根元に植えてます。

今から、五月の連休くらいまで次々と花をつけてくれます。

今は葉の影から、うつむきかげんで、恥ずかしそうにしいいますが、たくさんの蕾が開いて、仲間が増える頃には、乙女同士がお話しているような賑やかな感じになります。

Dsc03013

| | コメント (0) | トラックバック (0)

便りの無いのは良い知らせ 恋愛中の連絡頻度

恋人からのメールを待ち焦がれる。 恋愛したらそうなります。

Dscf2783

一日に何度も携帯のメニューを確かめたりする。 一日に何度もメールを交換している人は、メールが途絶えると不安になると思います。

メールの頻度と愛情の深さは無関係です。 でも、メールが来ない不安感は気持ちを揺さぶる事があります。 

揺さぶられる気持ちそのものが恋愛なのに、揺さぶられるたら、恋愛を疑う気持ちが生まれてくるのは、とても不思議なことです。

メールを待つ。これが恋愛です。 当たり前にメールが来て、来なくても気持ちが揺れないのなら、それはメル友みたいなもの。 

恋人にメールを強要してはいけませんよ。 そうすると無理が生じて、せっかくの恋愛が台無しになることがありますよ。 メールが来ないから、関心が薄く愛情が冷めたのではって疑いもよくありません。 その否定的な想いは、恋愛を不自由な狭いところへ押しやってしまう恐れがあります。

恋愛している2人の気持ちは携帯が無くても繋がっています。 恋人とは気持ちがシンクロしている場合が、他の誰よりも多いんだよ。 良い気持ちも、悪い気持ちもシンクロしています。 不安な気持ち、疑いの気持ちはシンクロしています。 不安なときは、相手も不安のときです。

2人の恋心を大切にしたかったら、メールが来ないときは、メールを待てばいいのです。ついでに祈っても良いです。 でも相手を疑ってはいけません。 待たないのは恋愛ではありません。

不安や疑いを晴らそうとすると、恋愛は沼の中に埋没するような感じになります。 そのことは別の機会に書きます。

便りの無いのは良い知らせ。 できるだけ気持ちをそんなふうに持ちましょう。 難しいのはわかっているけど、がんばってみましょう。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2009年2月 6日 (金)

大切なことは目で伝える

風邪で、鼻水が湧き出てきます。 ティッシュの箱をデスクに置き、頻繁に鼻をかんでいます。「会社の同僚の方々、ごめんあそばせcoldsweats01

Image052

このティッシュの箱、コンビニで買ったものですが、カワイイでしょ。 ライオンの赤ちゃんかな。目から何か伝わってきませんか?

私はお話するとき、相手の目を見ます。 今の会社に勤めはじめて、そうするようになりました。 

今勤めている外資に転職したとき、最初に困った事は、言葉の壁でした。 会社の公用語は英語です。それなりの英語力を持っていましたが、とにかく聞こえない、通じない、わからない。慣れるまではすごいストレスでした。

当然、必死に勉強をしました。クビになったら困るので。でも勉強したって追いつかない。ドキドキの日々の中で、なんとなく思ったのは、語学力も大切だけれど、もしかして態度は言葉よりも大切かもしれないってこと。 態度をしっかりすれば、ちゃんと物事は伝わるのではないかって思いつき、さっそく実践し始めました。

欧米の文化のような自尊心の高い態度をとり、しっかり正面を向いて話をしてみる。 相手の目をしっかり見据える。ちゃんと目を見て話す。すると、前より上手に伝達が出来るようになる。これは良いと思う。いつのまにか、相手の目を見て話すのが私のスタイルになる。

相手の目を見て物事を伝えると、伝わりやすくなります。 何故だろう?

ライオンの赤ちゃんの写真をじっと見つめると、なんとなく「何を思っているのだろう、愉しそうだな、ご機嫌そうでかわいい」とか、相手の目から思っていることを推測しませんか? なんとなく、そうなりませんか? 目は常に何かを伝えてる感じがしませんか?

私はセックスのとき、相手の目を見るのが好きなんです。 いっちゃう時は見詰め合っていたい。私の身体の中で起こってる気持ちよさ、相手の身体の中で起こってる気持ちよさ、お互いに伝え合って、共有したいからだと思う。 相手の女性に「そんな余裕はありません」って言われますけれど。

相手の目を見るって事は、実は私の目を見てもらうって事です。 これはとてもありがたいことなんです。 言葉だと、一生懸命に話したって、真剣に聞いてもらえないことってあるでしょ。でも言葉ではなく、目を見てもらえたら、自動で思いは伝わるのだから、ラッキーですよね。

例えば、意中の人と何気にすれ違うときは、その人の目を見ます。 「あれれ、何?」って思って、相手も私の目を見ます。 そのとき( ^ω^ )って笑ったら、ちゃんと何かが伝わってますよね。(ノ∀`)・゚・。 アヒャヒャヒャヒャ

言葉では伝えられない気持ちってたくさんあります。言葉にしない方が良いこともあります。 気持ちの伝達には目も使いましょう。

大切なことは目で伝える。言葉よりも目で伝えたものが正しいから。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 4日 (水)

禁煙治療1週間目、いよいよ禁煙です。

チャンピックスを処方されて1週間。 最初は楽勝です。 だって、薬を服用しながら、喫煙してよかったのですから。

その1週間が過ぎました。 今日は通院し、8日目からの処方をいただきます。薬の量が倍増します。 そして、今日からはもう喫煙不可です。

Dscf2779

問診で、薬の効果はどうだったか聞かれました。

「えっ?」って思った。 効果といわれてもなぁ。ずっと吸っていたし。風邪もひいて頭がボケーとしたから、よくわからないや。 迷った末、「まあまあです」と意味不明の答えをしたら、何故だか先生も満足そう。 

前回と同様に、呼吸の一酸化炭素濃度を測る。 前回が確か24ポイント、今回は14ポイントだった。 先生はご満悦。 あたかも薬が効いたみたいな顔してる。

こんな結果は当たり前だと思う。 今日は禁煙開始日だったから、最後の3本を吸っただけ。もうタバコを買わなかったし。だって今日の診療からタバコは吸えなくなるって説明したじゃん。そりゃ吸ってる本数少ないもん。一酸化炭素だって少ないさ。 薬のせいじゃないよ。 私はそんなのに騙されんぞ。

「今日から薬の量は倍です。きっと吸いたいと思わないですよ。ではお大事に。」

そうなのかな。 吸いたいとか吸いたくないとか思うのは私だけどな。そんなことよりも、離脱症状が出ないはずとか、科学的に説明してほしかったな。 「お大事に」って何さ?

私は風邪の鼻づまりで不機嫌だ。

えっ! もしかして、このイライラ、離脱症状? えっ? そうなの?

どうなることやら私の禁煙体験。 挫折するまで、もしくは通院ごとに報告いたします。 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

運命鑑定

迷信は信じません。人生は自分で考えて、自分で決めたい。

一方で不思議な事は信じています。

例えば、お葬式の後、自宅に入るときお清めの塩をまく。その儀式は信じていません。何故そうするのか知りません。土俵に上がったら力士は塩をまく。きっと同じ起源だろうけれど、お葬式の後、どうして似た儀式をする必要があるのか、そこのところがしっくりしません。 塩で不幸が払われたり、家に不幸が侵入するかもと考えるのは迷信だと思います。

一方で、幽霊の存在は信じています。 ちょっぴりしか見たことがないけれど。 幽かな存在だろうけど。 これだけ存在すると言われていて、その考えは長く支持されていて、超常現象などの報告があって、なにもかも間接証拠だからといって、いないと否定するのは不自然。私はこの世で生きていて、なにもかも知ることは出来ないけれど、そのことを知っている人もちゃんといる。だから幽霊は信じる。 UFOも同様に信じます。 

信じるか、信じないかのボーダーラインは人それぞれでしょうね。

私は運命鑑定や占いを信じません。 でも一度受けた運命鑑定に感動したことがあります。 そこは目黒区のマンションの一室。 紹介者が必要です。 3万円弱支払いました。 鑑定してもらった時間は3時間くらい。 とくに問題を抱えていたわけではなく、一般的な運命鑑定でした。

最初の30分は運勢の流れなどの説明で、私はぽか~んと適当に聞いていました。でもだんだん、「えっ!」と思う事を鑑定の先生が話し始めます。「えっ!」っと驚くのは、「どうして知っているの~」って感じる個人の秘密を見破られるからです。かなり詳しく。

例:「あなたは、中3のときに、お母さんと大喧嘩して、旅に出たわね。 ずいぶん勇気のある子だわ。 そうね、関西に行ったわね。 四国かしら」 こんな感じ。

そう、私は中3のとき、母と大喧嘩しました。反抗期でもありましたが、真正面から母と対決しました。 それから、夏休みには自転車に乗って四国までツーリングしました。

こんなコメントがバンバン出てくると、もう鑑定の先生を尊敬するしかありません。 私の知らないことまで当ててしまいます。 戦時中に亡くなった祖父の秘密とか。 後で母にそのことを確かめると、「あら、そんなこと話しちゃったけ。 あまり良い話じゃないから黙っていたつもりだけど」。 げげげ、やっぱ当たってらぁと後で気が付く。

迷信を信じない私ですが、この鑑定の先生の話にはすっかり胸を打たれました。ちょっぴり涙もでた。 さすがに3万円払っても評判の良い先生だ。

私の個人情報を詳しく掛けませんが、いくつか印象に残った助言のうちのひとつを書きます。 鑑定によると、私は35歳で死ぬべき運命でした。 

実はその歳に大きな交通事故に会っています。バイクで直線を走っていた雨の夜、突然対向車のタクシーが、無灯火で、正面から突撃してきました。ぶつかった瞬間まで覚えています。気が付くと救急車の中でした。タクシーのフロントガラスを突き破り、車に飛び込んだ状態で救出された私の怪我はほぼ無傷。股関節打撲(バイクのタンクに当たった時に起こった)で、金玉が腫れただけ。 

鑑定の先生の「本来は死んでいた」とはこの事故のことだろうと思います。

「だけど、生き延びて良かったわね、これはあなたが中3のときにお母様と対決したからなのよ。 お母様の言うことに従っていたら、35歳で死んでいたわ」

そういわれて、ちょっとゾクゾクと背筋が寒くなった。 事故で助かったのも、運命の分かれ道も、とても微妙なことなんだなと思う。

その後鑑定の先生の話は続く。「あなたには長寿の祖母がいるわね。 残念だけど、来年に亡くなるわ。 でもこれだけ生きたら大往生だからね」

その予言の通りに、祖母は102歳で亡くなりました。

「さあ、寿命は本人には言わないことにしてるけど、あなたには言いたい気持ちなのよ」

「はあぁ」と答える私。 「あなたは祖母よりも長生きよ」そういわれた。

実際はちゃんと亡くなる時の歳を聞いています。でも自分の胸にしまっておきます。 長く生きられることは嬉しいことなんです。 なぜなら、命は不思議なもので、色々な運命によって、早かったり、遅かったり。 でもどんな命であれ尊い命なので、自然な気持ちだと長寿=おめでたいとなります。

さて、迷信を信じますか?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年2月 3日 (火)

携帯電話のメールと恋愛

携帯電話はいうまでも無く、とても便利な気持ちの伝達手段です。

でも必須ではありません。家の両親は操作の難しさから手放してしまいました。 私の女友達で携帯メールを嫌っている、珍しい人もいます。 その人と私との居酒屋での会話;

「恋心を伝えるのに携帯メールなんて卑怯」

「そう?どんな方法でも良いんじゃないの?」

「そんな安易な方法じゃ気持ちは受け取れないわ」

「ははは、じゃあ、ノロシとかだったら感動する?」

こんな馬鹿話を延々としましたが、結局その友達の言いたかったことは、面と向かって言えないことを、携帯なら言えるってところに、勇気の無さ、安っぽさを感じるってこと。 

大切なこと、こころや気持ちの問題は、ちゃんと面と向かって言うべき。一理ある。 こころや気持ちって、言葉だけじゃ不十分だ。 ちゃんと時間を作って、姿勢を正して、「愛してる」って思いを伝えた方がロマンチック。

携帯は便利な反面、プレゼントを包装せずに裸で渡すような安易さがある。 伝達は速いけども、早すぎてしまって、気持ちが置いてきぼりになるのは困る。 でも日常携帯メールを続けていると、まるで側にいるみたいに、相手を近くに感るのも気持ちいいことです。

問題は、携帯メールが来ないときだ。 携帯メールが途切れると不安になる。 返事が来ない理由を想像し始める。「来るはずなのに」の思いが暴走して、あり得ないことを妄想してしまうこともある。例えば「他の人とセックスしているのじゃないか」とか。

私も携帯メールの返事を待って、枕の下に携帯を忍ばせて寝たことがあった。私はそのまま寝てしまい、朝になってメール受信を発見しホッとする。 一方で、相手は私からの返事、たった「おやすみなさい」の一言をもらえずに、不満のまま休んだことになった。 こんなすれ違いを避けるために、ちゃんと「もう寝るね、おやすみなさい」のメールを互いに送るようになった。

ここまで携帯で繋がると、携帯メールが来ないってことは、ますます不安になる。メールが来ないと、相手は心配するとわかっているのに送らないのは何故? 疑心暗鬼になる。 でもね、そのことで気持ちを動揺させたらダメだよ。

携帯メールが来ない理由なんていくら考えてもダメです。 たぶん相手は面倒なので送らないだけです。言い訳はいくらでもあります。携帯メールをしなくても、愛し合ってると思っていたり、なんとなく周りの雰囲気から、携帯に触れないとか、とにかくもう慣れてしまっていて、送らなくても大丈夫だと思っている可能性が高いです。

携帯メールが来ないから、愛情が冷めたと考えるのは誤解です。 携帯メールは側にいる、繋がっていると錯覚させるから、メールが来ないと側にいない、繋がっていないと思ってしまうだけです。 もともと側にはいません。 繋がってもいません。 携帯で繋がるっている糸は、すぐに切れてしまう細い糸です。

大切なことは本当に繋がること。 面と向かって逢って、セックスして、もっともっと深く、二人の人間性で繋がることだと思います。 その可能性を、携帯メールが来ないことで、台無しにはしたくないですよね。

当たり前のこと。 たぶんだれもがそう思ってるでしょう。 それでもメールは欲しい。だからタイムリーなメールの返事はマナーだと反論する人も多いかも。 それはそうだけど、携帯で得た便利さと、マナーに縛られる不便さは、微妙な問題です。 恋愛は気持ちの問題なのだから、マナーの点はおおらかに考えた方が良いのでは。

気持ちをちゃんと伝えるってこと。 手段は問いませんが、できるだけロマンチックに。 簡単な携帯メールに翻弄されてはいけません。 愛してるって伝えましょう。 ノロシでも、飛脚でもかまいません。

たかが携帯、されど携帯?

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年2月 1日 (日)

春の足音

ワンコの散歩で植物を見るようになりました。 

歩きながらワンコを見ていると、自然に視線は地面に向きます。 するとちいさな野の花を見つけたりします。

私の住んでいる東京の都心部には、あるがままの自然はほとんどありません。 それでも人の作った植栽のわずかな隙間に、野生の花を見つけることがあります。 命は強いんだなって思います。

昨年から人の植えたもの、野生にこだわらず、この地域に自生している植物の写真を撮りました。 ご興味のある方は、フォトアルバムをご覧下さい。

今年も同じように花の写真を撮るつもりです。 少し撮影のエリアを広げようと思っています。 それから花の姿が美しく撮れるよう、がんばってみるつもり。

今日の関東は青空ですが、冷たい北風が吹いています。 まだ寒い。 でも散歩道に菜の花が咲いていました。 近所の神田川遊歩道にあるちょっとした花壇です。 そこはよく日が当たり、暖かそうなコーナーです。

Dsc02993

今日は花が風で揺れていました。 明日は風の無い、穏やかな日が来ると良いね。

天道虫や羽虫もきっとどこかに避難して、寒さが通過するまで我慢を重ねているはず。風が止んで、ちょっとでも活動できるようになったら、真っ先にこの花を見つけると思います。

Dsc03002

花の楽園。花の世界。花の宇宙。 人が天国には花がいっぱい咲いていると信じるのは、花が絶対的に、完璧に美しいものだからだと思う。

こんなふうに美しく生き、交配し、子孫を残していくなんて良いですね。 私は人間のセックスも大好きですけどね。

逢えない人との約束を思い出す。

「春になったら花を一緒に見にいこう」

何気ない小さな約束ですが、何よりも大切にしたい約束です。 春はもう近づいてきています。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »