恋愛で相手に望むこと
婚外恋愛では「お互いに多くを求めすぎない」ことは賢明かもしれない。
恋愛のコアの部分、気持ちを大切にしていればそれで充分なのだから、立場を超えた望みは胸に抱かないようにすること。
それが「多くを求めすぎない」って意味なのだろうと思います。
この「お互いに多くを求めすぎない」って言葉は、恋愛をしている友達から聞いた言葉です。 なるほど、そうかもしれないなと思った。
私には信じていることがあります。 論理的ではない、人生観のようなもの。
「ちゃんと望んだことは、現実になる」ってこと。
「多くを求め過ぎない」ことは、賢明な大人の態度である一方で、「ちゃんと望んだことは現実になる」ことは、楽天的で非現実的理想を好む、子供の態度だと思う。
私は子供だ。 自分でも大丈夫かなって心配してるよ。
「望み」ってなんだろうって事を考えていたら、102歳で他界した祖母の言葉を思い出した。 どこにも病気が無く、死ぬまで元気だった祖母は、最後の1年間を病院で過ごした。 時々理由も無く呼吸が止まり、死にそうになったから。
お見舞いに行くと、祖母は「自分はどうして死なないのだろう?」って話し出した。
その話を要約するとこんな感じです。
人には希望ってものがあって、はじめて生きがいがあるけれど、自分の場合はただ「死なないだけ」で、こりゃいったいなんだろうって考えてたら、ちゃんと希望があるって事に気がついた。 きっと希望ってものは、一生なくならないものなんだね。
祖母は話を続けます。 「なんだと思う?私の希望って」
私は想像できなかった。 一体なんだろう。
「私の希望はね、食事なんだよ。 一体何が食べられるのかしらってとても興味がある。今日は何だろうね~。 うどんかしら。」
祖母は食事を楽しみに感じ、「希望」って言葉に格上げするくらい食事を自分の大切なことにしていたのです。
食事は命を育む基礎ですから、とても理にかなうことでもあります。
「多くの事を望まない」のは高級。
一方で、どんなにできる事が少なくなっても、常に希望ってある。 ほんの小さな出来事に大切なことはたくさんある。 希望は大切なものと結びつく。
希望さえあれば、道は開ける。 私はそう思うな。
ちゃんと望みは持とう。 でも多くを望むのではなく、大切なことは何かって考えよう。
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